- 10 時間前
アフリカから黒人を輸送した奴隷船の内部は、想像を超える地獄でした。大西洋奴隷貿易で1000万人以上のアフリカ人が拉致され、狭く暗く不潔な船内に押し込められた実態を、当時の記録や生き延びた奴隷の証言からたどります。
首や足を鎖でつながれ、身動きも取れないまま数カ月かけて大西洋を横断する「地獄の航海」。病気や飢餓、絶望による死が相次ぎ、ゾング号事件のような悲劇も起きました。さらに、オラウダ・イクイアーノの体験や、タンザニア・ザンジバル島での現地取材を通して、奴隷船と奴隷収容施設の過酷さにも迫ります。
大西洋奴隷貿易、奴隷船の内部、ゾング号事件、オラウダ・イクイアーノ、三角貿易、アフリカ史、世界史の闇を知りたい方に向けた歴史解説・ドキュメンタリーです。人類史上最悪とも言われる歴史を、背景から丁寧に理解したい人にもおすすめです。
歴史解説、世界史ドキュメンタリー、奴隷貿易の実態、アフリカ史、三角貿易、ゾング号事件、奴隷船の内部を知りたい方に最適な内容です。社会問題や人種差別の歴史を学ぶ教材としても、じっくり見たい歴史系ナレーションとしても役立ちます。
首や足を鎖でつながれ、身動きも取れないまま数カ月かけて大西洋を横断する「地獄の航海」。病気や飢餓、絶望による死が相次ぎ、ゾング号事件のような悲劇も起きました。さらに、オラウダ・イクイアーノの体験や、タンザニア・ザンジバル島での現地取材を通して、奴隷船と奴隷収容施設の過酷さにも迫ります。
大西洋奴隷貿易、奴隷船の内部、ゾング号事件、オラウダ・イクイアーノ、三角貿易、アフリカ史、世界史の闇を知りたい方に向けた歴史解説・ドキュメンタリーです。人類史上最悪とも言われる歴史を、背景から丁寧に理解したい人にもおすすめです。
歴史解説、世界史ドキュメンタリー、奴隷貿易の実態、アフリカ史、三角貿易、ゾング号事件、奴隷船の内部を知りたい方に最適な内容です。社会問題や人種差別の歴史を学ぶ教材としても、じっくり見たい歴史系ナレーションとしても役立ちます。
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ニューストランスクリプション
00:001000万人以上のアフリカ人が拉致され奴隷として売
00:03り飛ばされた大西洋奴隷貿易
00:05犠牲になったアフリカ人はまるで家畜のように奴隷船
00:09に押し込まれ数ヶ月かけて大西洋を横断しました
00:13狭く暗く不潔な船内で身動きすら取れない状態
00:17地獄の航海と呼ばれたその旅では病気や飢餓で命を
00:20落とすもの
00:21絶望して自ら命を絶つものが後を絶ちませんでした
00:24奴隷船の内部とはどのような環境だったのか
00:27生き延びた奴隷たちの証言や当時の記録
00:30さらには私がアフリカで行った現地取材を手がか
00:33りに人類史上最悪の歴史に迫ります
00:37どうも皆さんこんにちはハラカンタです
00:39人類史上最悪の取引と呼ばれる大西洋奴隷貿易
00:43先日アップした動画ではヨーロッパの商人たちに奴隷を
00:47売り付けていたのは同じアフリカ人だったこと
00:49この時代に生じたアフリカ内部の分断が後の経
00:53済発展を妨げる大きな要因になったことについて解説
00:56しました
00:56今回は奴隷貿易の歴史をさらに深掘りします
00:59奴隷として過酷な旅を生き延びた人物の手記や
01:02当時の資料をもとに奴隷船の内部で何が起き
01:06ているのか
01:06その実態を詳しく見ていきます
01:08ぜひ最後までご覧ください
01:09奴隷船の実態に迫る前に大西洋奴隷貿易の概
01:13要を簡単に振り返っておきましょう
01:15大西洋奴隷貿易とは16世紀から19世紀にかけて行
01:19われたアフリカ大陸からアメリカ大陸への奴隷の
01:22輸送です
01:22この時代にヨーロッパの国々はコロンブスが到達した
01:26新大陸
01:26つまり南北アメリカ大陸や西インド諸島で広大な
01:30農園であるプランテーションを経営したり
01:33金や銀の採掘を始めたりしていました
01:35当初はアメリカ大陸の先住民であるインディオの
01:38人々を使っていましたが
01:40インディオは農園や鉱山での激しい労働には不向き
01:43であることがわかります
01:44またヨーロッパ人が持ち込んだ病原菌によってインディ
01:48オの人々が病気になったり
01:49衰弱死していったりしたことで地元の労働力だけではプラ
01:53ンテーションの経営や鉱山採掘が成り立たなくなります
01:56そこで当時のヨーロッパ人が考えたのが遠くの
01:59アフリカ大陸から労働力として屈強な黒人奴隷を
02:02輸入することでした
02:03ヨーロッパ人が奴隷を確保するためにまず行ったのはアフ
02:07リカ内部の争いを利用することでした
02:09当時アフリカ大陸には多数の王国や民族が存在
02:13しそれぞれの間で領地の争いや紛争が起きていました
02:17ヨーロッパ人はこうした状況に目をつけ武器や銃弾
02:20酒や布といったヨーロッパ製の物資を報酬として提
02:24供し
02:24特定の王国や民族に奴隷狩りを行わせました
02:28具体的にはある民族が敵対する民族を襲撃しその捕虜
02:32をヨーロッパ人に引き渡すことで物資を受け取る
02:35という形が取られました
02:37これによりアフリカ内部の争いはさらに激化し
02:40地域全体が奴隷狩りの連鎖に巻き込まれることにな
02:44ったのです
02:44イギリスリバプールの奴隷戦の船長だったジョン
02:47・ニュートンは公開日誌に次のような言葉を残して
02:50います
02:51私は深底から思うんだがもしヨーロッパ人が奴隷と交
02:54換に品物を与えることによって人々をそそなかすの
02:58をやめるならばアフリカで起こっている戦争の大部分
03:01はやむであろう
03:02ヨーロッパ人はこうした手法を取ることで自分たちが
03:05直接奴隷狩りをするリスクを避け現地の人々にその
03:09役割を担わせる形で奴隷を確保しました
03:12こうしてアフリカ大陸で捕らえられた奴隷たちは船で
03:15数ヶ月かけて大西洋を渡りアメリカ大陸や西イ
03:19ンド諸島に運ばれました
03:20到着した先で奴隷たちはプランテーションや鉱山に売
03:24り渡され強制的に働かされたのです
03:26奴隷たちが従事したのは砂糖や綿花の栽培さらには
03:30金や銀の採掘といった過酷な労働でした
03:33これらの生産物はヨーロッパで非常に高値で取引さ
03:36れたものだったからです
03:37ヨーロッパの商人たちは奴隷を使って生産されたこれら
03:41の商品をヨーロッパに運び莫大な利益を得ていました
03:44このような貿易の仕組みは三角貿易と呼ばれています
03:48ヨーロッパからは銃や布酒といった物資がアフリカ
03:52に運ばれアフリカからは奴隷がアメリカへ送ら
03:55れ
03:55そしてアメリカで生産された砂糖や綿花などがヨーロ
03:59ッパへと輸送される
04:00このように大西洋を三角形に結ぶ形で商品や人々が
04:05移動していたのです
04:06この時代約1200万人ものアフリカ人が奴隷としてア
04:10メリカ大陸に連行されました
04:12彼らの多くは過酷な環境で強制労働をさせら
04:15れ
04:15十分な食事や休息も与えられないまま短命に終わ
04:19るケースがほとんどでした
04:20病気や過労で命を落とすものも多かったと言われています
04:24一方で当時のヨーロッパ諸国はこの奴隷貿易を通
04:27じて莫大な利益を得ていました
04:29砂糖や綿花といった高価な商品はヨーロッパの経
04:33済を潤し産業の発展や都市の拡大を支えていました
04:37しかしこの時代のヨーロッパの繁栄はアフリカから強
04:41制的に連れ出された奴隷たちの命
04:43そして自由を犠牲にして成り立っていたのです
04:46大西洋奴隷貿易の概要を見てきましたが
04:49ここからは奴隷船の内部の様子について詳しく見ていきましょう
04:53奴隷狩りによって捕らえられたアフリカの人々は
04:56首や足に鎖を繋がれたまま海岸まで長い距離を歩
05:00かされました
05:00この行進は数ヶ月に及ぶこともあり途中で体力が尽
05:04きて命を落とす人も多かったと言われています
05:07ようやく海岸にたどり着くと彼らは停泊していた奴
05:10隷船に押し込まれます
05:12この奴隷船についてアメリカの歴史家マーカス・
05:15レディカーは移動する監獄と表現しました
05:17その言葉の通り船の内部はまるで監獄のような環
05:21境だったからです
05:22奴隷たちは通常船の主甲板の下にある狭い空間に
05:26詰め込まれ
05:272人ずつ鎖で繋がれて横たわったまま押し込まれ
05:31ました
05:31現代でいう家畜を予想するのと同じ感覚で奴隷た
05:34ちは船に詰め込まれたのです
05:36天井は低く身動きが取れないほど狭い空間で座ること
05:40も難しい状態でした
05:41船内には空気を入れ替えるための小さな窓や木の格
05:46子が設けられていましたが
05:47それだけでは環境をするのに不十分で空気が汚れて悪臭
05:51が漂っていました
05:52トイレに行くこともできません
05:54奴隷たちはその場で用を足すしかなく
05:56自分自身や周りの人々の排泄物にまみれなが
06:00ら過ごさなければなりませんでした
06:01食事は1日2回与えられましたが量は少なく時には腐
06:06ったものが含まれることもありました
06:07口を無理やりこじ開けられ食事を流し込まれる
06:10こともあったといいます
06:11また健康を保つため奴隷たちは1日に1回は看板に
06:16連れ出され音楽に合わせて無理やりダンスをさ
06:19せられていました
06:20しかしこれは彼らの健康を気遣ってのことではなくあくまでも
06:24商品としての奴隷の価値を維持するためのものでした
06:27船内の衛生環境は極めて悪くセキリや天然痘と
06:31いった伝染病が頻繁に発生します
06:34船員たちはこれを防ぐため看板や奴隷たちの体を海
06:38水で洗浄したり
06:39タバコの煙で殺菌を試みたりしていましたがこれも奴隷
06:43を守るためではなく損失を防ぐための経済的な理由から
06:47行われていました
06:47アフリカ大陸からアメリカ大陸への移動は地獄
06:51の航海とも呼ばれ多くの奴隷たちが病気や飢
06:54え極度のストレスから命を落としました
06:57一説では航海中に亡くなる奴隷の割合は7人に1
07:00人だったと言われています
07:02また逃げ出したり絶望して自ら命を断とうとする者もいました
07:06が船の周囲にはネットが貼られておりそれすらも敵わ
07:10ない状況でした
07:10奴隷船での大西洋横断があまりにも非人道的だ
07:14ったことがわかる出来事があります
07:16それがゾング号事件です
07:18ルーク・コリングウッドという人物が船長を務めていた
07:21奴隷船ゾング号は乗組員20人と共に1781年3月
07:265日にイギリスのリバプールを出港し奴隷を輸
07:29入するためにアフリカの西海岸へと向かいました
07:31アフリカに到着した日付は不明ですが同じ年の17
07:3581年9月6日には440人の奴隷をゾング号に乗せて
07:39カリブ海に位置する島国ジャマイカへと向かっていました
07:43しかし衛生状態の悪い船の中で440人もの奴隷た
07:47ちがすし詰め状態にされていたことで伝染病が蔓延
07:50します
07:51その結果奴隷60人と乗組員2人が命を落としました
07:55当時のアフリカ人奴隷たちはあくまでも商品でした
07:58航海中に商品である奴隷が死ぬことは頻繁にあった
08:02ため当時の奴隷船には保険がかけられていたんです
08:05伝染病がさらに蔓延し奴隷が死ぬことを恐れた船
08:09長のコリングウッドはこのように考えました
08:11自然死の奴隷は船首の損失となる
08:14しかし生きたまま海に投げ込めば保険会社の損失
08:17となる
08:17船長のコリングウッドに命令された通り乗組員た
08:21ちは54人の奴隷の手を縛り生きたまま海に投げ捨
08:24てたのです
08:25その数日後にはさらに68人の奴隷が海に投げ捨て
08:29られています
08:29地獄のような光景を見ていた他の奴隷たちの中には発
08:33狂してしまう者もおり
08:34自ら海に飛び込んで命を絶った奴隷もいました
08:37結果的にこのゾング号事件では全部で192人もの奴隷が死
08:41亡しました
08:42イギリスの画家であるターナーの代表作の一つに
08:45奴隷戦として知られている作品があります
08:47この作品は1840年に死者や重病患者を海に投げ
08:52捨てる奴隷商に台風の襲来と題されて出品され
08:55ました
08:55この作品はまさにゾング号事件からインスピレーショ
08:59ンを得て描かれた作品です
09:01一見すると台風によって荒れる波に翻弄される船を描
09:05いただけのように見えますが
09:06絵の下の方をよく見てみると波の間から鎖に繋が
09:10れた手足が突き出ていることがわかります
09:12当時の奴隷貿易がいかに非人道的な行いだった
09:15かよくわかる作品です
09:17奴隷戦の内部がいかに非人道的な環境だったか
09:21ここまでの解説でもわかったかと思いますが
09:23その過酷な後悔を実際に経験し生き延びた元奴
09:27隷が自らの体験を辞伝として記録しています
09:31その証言を通じて当時の状況をさらに詳しく見ていき
09:35ましょう
09:35その前にお知らせを挟ませてください
09:37私原カンタは世界を無視しない大人になるためにという本を慈
09:41悲出版しています
09:41私自身がアフリカでの活動を始めた原点につ
09:45いて書いた一冊です
09:46興味のある方はぜひ概要欄のリンクや動画下のショ
09:49ップからお買い求めください
09:50全国各地で社会問題に向き合うために必要な姿勢
09:53についての講演会を行っています
09:55国際協力や社会貢献をテーマに原カンタの講演会
09:58にご関心のある企業や教育官の皆様
10:00少しでも興味がございましたら概要欄のリンクからお気軽
10:02にお問い合わせください
10:03奴隷戦の実態について自らの体験を記録した証言
10:07者がいます
10:08元黒人奴隷のオラウダ・イクイ・アーノです
10:11彼は1745年現在のナイジェリアにあるイボ族の村
10:15で生まれました
10:16しかしわずか11歳の時に妹と共に誘拐され奴隷
10:20として売られました
10:21彼の辞典アフリカ人イクイ・アーノの生涯の興
10:24味深い物語にはその壮絶な体験が詳細に記されています
10:28誘拐されてから約半年後長い道のりを歩かされた後
10:32にようやく海岸に到着したイクイ・アーノは生まれて
10:35初めて海を目にしました
10:37彼は内陸育ちだったからです
10:39しかしイクイ・アーノを待っていたのは巨大な奴隷戦でした
10:43彼は船に乗せられるとまず健康状態をチェックされ
10:46その後甲板に放置されました
10:48彼が目にしたのは煮えたぎるかまどや鎖で繋がれた
10:52黒人たちの絶望的な姿でした
10:54その表情は希望を失い恐怖と悲しみに満ちていたと
10:58いいます
10:59イクイ・アーノは自分たちは白人に食べられるのではない
11:02かと恐怖に怯えました
11:04彼がアフリカの内陸で育ち白人の行動や目的
11:07を知らなかったからです
11:09押し込められた船の中は悪臭と奴隷たちの泣き
11:12叫ぶ声に満ちた自国のような空間でした
11:15イクイ・アーノはその環境に耐えられず食事を拒
11:18否します
11:18しかし食事を拒否したことに対する罰として白人たちは彼
11:22を鞭打ち足を縛り上げました
11:24その後イクイ・アーノは北米のバージニアに奴隷と
11:28して売られた後
11:28イギリス海軍の大尉の手に渡りイギリスに渡
11:32って7年戦争に参加
11:33さらにはロンドンで洗礼を受け1763年にはクウェイ
11:38カー京都の商人に変われています
11:40その後自らも携わった貿易のビジネスで財を成し
11:43最終的にはその財産を使って自由の身分となりました
11:471780年代からは奴隷解放活動に関わり始め
11:51その過程で出版した辞典が先ほど触れたアフリカ人イ
11:55クイ・アーノの生涯の興味深い物語です
11:58イクイ・アーノの証言は奴隷たちが置かれていた過
12:01酷な環境と彼らが感じた恐怖や絶望を生々しく伝
12:05えるものです
12:06彼の言葉は奴隷貿易が人々に与えた苦しみを
12:09理解するための貴重な記録になっています
12:11ちなみにですがイクイ・アーノの出人についてはサ
12:15ウスカロライナ生まれであるという異論も存在するようです
12:18その場合彼の証言は彼自身が体験したことというよりも
12:23他のアフリカ人たちから奴隷戦の体験を聞いたもの
12:26を記したことになります
12:27ただその生々しい描写の価値自体が失われるわけではない
12:31ため今回紹介しました
12:33イクイ・アーノの人生も興味深く当時の奴隷貿
12:36易を背景とした歴史を知る上で非常に貴重な記録
12:39です
12:40彼の生涯について興味ある方がいれば別に深掘り
12:43する動画を作りますのでぜひコメントでリクエストを聞かせて
12:46ください
12:46ここまで奴隷を輸送した奴隷戦の様子について見てきました
12:50が奴隷を一時的に保管する倉庫の内部も非人道
12:54的な環境でした
12:55私は東アフリカのタンザニア・ザンジバル島
12:58にあるストーンタウンを訪れ奴隷貿易の歴史について
13:01現地で取材をしました
13:02この地域ではヨーロッパ人ではなくアラブ人が主導した奴
13:06隷貿易が行われており歴史的には大西洋奴隷貿易
13:10とは異なるものです
13:11しかし共通していたのは奴隷たちが非常に過酷な環境で
13:15扱われていたという事実です
13:17タンザニアでは捕らえられた奴隷たちは東アフリカ
13:21の内陸部から連行されザンジバルのような沿岸の
13:24拠点で売買されました
13:25ストーンタウンは奴隷貿易の主要な市場の一つで
13:29ありここから奴隷たちはアラビア半島ペルシャ湾地域
13:32さらにはインド洋を越えて輸送されていきました
13:35現地では奴隷たちが売られるまでの間収容されていた場
13:39所を取材しました
13:40その映像をご覧いただければ当時の奴隷たちが置かれて
13:44いた状況の一端を理解できるかと思います
13:53奴隷がかつて捕らえられていたという場所に来ました
14:01すごい
14:02そういうところで奴隷は暴働眠がここに住んでいました
14:07自分では家庭に住んでいた場所です
14:10そしてこの2つの部屋は広場です
14:12この部屋は広場です
14:15この部屋は広場です
14:15この部屋は女性に住んでいて
14:18孕様や女性に住んでいました
14:21女性に住んでいました
14:22そんなの部屋は75名女性と女性に住んでいました
14:28この場所は、75人の子供が住んでいます。
14:33毎日、ここに、マーケットを取り出します。
14:36もし、誰かを取り出した人は、ここに持っています。
14:40女性の子供が住んでいます。
14:42その日、誰かを取り出します。
14:48こちらの部屋には、男性50人が一時的に保管されていたみたい
14:55ですね。
14:56当時、使われていた鎖、おそらくこれは再現したものだと思いますが、
15:03当時、奴隷たちを収容する、繋げるために使われていたチ
15:09ェーンが実際に置かれています。
15:12先ほども説明したように、当時はここに男性の奴隷50人が
15:18詰め込まれていたみたいです。
15:20今、僕、身長178cmあるんですけど、
15:24こうやってしゃがんでも、頭ギリギリ入るかどうかっていう高さですね。
15:28おそらくここからここまで、大体1mぐらいの高さしかないんです
15:32けど、
15:32奥行きもね、そうだなぁ、大体5mあるかないかぐらい。
15:385m四方の広さに、高さ1mっていう感じで、
15:42窓もね、あそこにちっちゃいのが2つあるだけなんですね。
15:46当時、ここに50人もの男性たちが閉じ込められていたって
15:51考えると、
15:52衛生環境もまずね、悪かっただろうし、
15:55食事とかトイレとか、どういう風にしていたんだろうなっていう風に、
15:59すごく気になりますね。
16:00私は、50人の仲間が閉じ込められていたんだけど、
16:06おそらく、どういう風にしていたんですか。
16:09例えば、泥を使った時に、
16:11通常、駅はこの場所に使っていたんですけど、
16:13この場所こそ。
16:15ところで、浅草の都城は、
16:18河川が広い、水が出てくるので、
16:20人々、水が出てくるので、
16:22水が出てくるので、
16:24この場所に、水が出てくると、
16:26その場所に使った。
16:38ストーンタウンで奴隷貿易の歴史を取材した動画は概
16:41要欄に掲載しておきます
16:42この動画では奴隷貿易の背景や現地の様子をじっく
16:46りとお伝えしています
16:47少し長い動画ですが奴隷貿易の歴史を深く知るため
16:51の内容が詰まっていますので
16:52まだご覧になっていない方はぜひ時間をとって前編ご覧ください
16:55現代の私たちから見れば奴隷貿易はあまりにも非
16:59人道的な行為です
17:00しかし当時の人々は奴隷貿易によって利益を得る
17:04一方罪悪感を感じなかったのでしょうか
17:06もし感じていなかったとすれば一体どのように奴隷貿易を
17:11正当化していたのでしょうか
17:12その背景には文明人と野蛮人という考え方がありました
17:16当時ヨーロッパではキリスト教を信じる白人である自
17:20分たちは文明人であり
17:21一方のアフリカ人は野蛮人だとみなす考え方
17:25が広がっていました
17:26この考え方の下でアフリカ人は同じ人間ではないと
17:30され文明社会から切り離された存在として扱われていた
17:33のです
17:34さらに当時の知識人や宗教主導者たちがこの文
17:38明人と野蛮人という考え方を支持しました
17:40彼らは奴隷貿易がアフリカ人を文明化する手段
17:44とさえ主張していたのです
17:46このような言説が広がったことで奴隷貿易は正当化さ
17:50れ多くの人々がそれを疑問視しない状況が生まれ
17:53ました
17:53こうした考え方は奴隷貿易が終わった後も形を変えて
17:57残り
17:58現代まで続く人種差別の根本的な原因の一つになって
18:02います
18:03アフリカ人を予想した奴隷戦の様子を切り口に
18:06奴隷貿易の歴史を見てきましたがいかがだったでしょうか
18:09奴隷貿易の歴史は非常に考えさせられるものがあり
18:12向き合うのに勇気が必要という方もいるかもしれませんが
18:15現代の世界情勢を考える上では避けては通れない歴史です
18:19ぜひ皆さんの感想をコメント欄で聞かせてください
18:22これまでハラカンタのチャンネルでは大西洋奴隷貿易の歴史を中
18:26心に取り上げてきましたが
18:27東アフリカでアラブ人が主導した奴隷貿易につ
18:30いてもいずれ深掘りしていこうと思います
18:32先ほど少しご紹介しましたがタンザニアで現地取材した
18:36映像も使いながら
18:37アラブ人による奴隷貿易の歴史を解説していく予
18:40定です
18:40チャンネル登録がまだお勧めでない方今後も奴隷貿易の歴史
18:44を扱っていきますので
18:45ぜひこれを機会にチャンネル登録もよろしくお願いします
18:48アフリカや国際協力についてもっと深く学んでみません
18:51か
18:51私が運営するオンラインサロンシナジーでは
18:54ハラカンタの動画を見た後メンバー同士で感想や意見
18:56をシェアする勉強会を開催しています
18:58少しでも興味のある方ぜひ一緒に勉強しませんか
19:02概要欄のリンクからホームページご覧ください
19:04ハラカンタのチャンネルでは他のチャンネルでは知ることが難しい世界の問題を
19:08分かりやすく解説しています
19:09大切なことは関心を持つことではなく関心を持ち続ける
19:14ことです
19:14関心を持ち続けるお手伝いを私もさせていただきますので
19:17まだチャンネル登録お済みのない方ぜひこれを機会にチャンネル登録よろしくお願いします
19:21今回の動画で何か一つでも新しい学びがあった方
19:24ぜひ最後にポチッと一押し高評価ボタンもよろしくお
19:28願いいたします
19:28ということで今回も最後までご視聴ありがとうございました
19:32また次回の動画でお会いしましょう
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