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  • 2 日前
【遺体はワニの餌に】独裁者イディ・アミンの拷問施設がヤバすぎた…

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00:00どうもみなさんこんにちは、ハラカンタです。
00:02イディ・アミンという人物をご存知でしょうか?
00:05かつてアフリカのウガンダで大統領を務め、
00:08人喰い大統領や黒いヒトラーとも呼ばれた人物
00:11です。
00:12YouTubeにも彼を紹介する動画はたくさんありますし、
00:15名前くらいは聞いたことがある方もいると思います。
00:18私自身もイディ・アミンという名前は以前から知っていました。
00:22ただ、実際にどんな人物で、なぜ大統領になり、
00:26ウガンダで何をしたのかと言われると、
00:28正直なところ、詳しいことはほとんど知りませんでした。
00:31そこで今回は、私がスタジオからイディ・アミンの
00:34歴史を解説するとともに、
00:36ウガンダ人の友人、ベナードが現地で取材してくれた映
00:40像を交えながら、
00:41この人物が一体何をしたのか、詳しく見ていきたいと思います。
00:45ぜひ最後までご覧ください。
00:47まず、舞台となるウガンダについて簡単に説明します。
00:50ウガンダはアフリカ大陸の東部、ケニアの西隣に
00:54位置する国です。
00:55かつてイギリスの植民地でしたが、1962年に独立しました。
01:00そして、その独立からわずか9年後の1971年、
01:05大統領の座に就いたのが、イディ・アミンです。
01:07実はアミンは、もともと政治家ではありませんでした。
01:11彼はイギリスの植民地時代に軍隊へ入り、
01:14ウガンダが独立した後も、軍人として昇進を重ねていき
01:18ました。
01:18当時、ウガンダの大統領を務めていたのが、ミルトン・
01:22オボテという人物です。
01:23アミンはオボテ政権の下で、軍の重要な地位に就
01:27いていましたが、
01:28次第に2人の関係が悪化していきます。
01:31そして、1971年1月、オボテ大統領が海外を訪問している
01:36間に、
01:36アミンは軍を動かして、クーデターを起こしました。
01:40クーデターとは、軍などが武力を使って政権を奪うこと
01:45です。
01:45こうしてアミンは、選挙ではなく、軍事力によって大統領の
01:49座を手に入れました。
01:50ただ、ここで知っておきたいのは、
01:52アミンの政権奪取を歓迎した国民もいたということです。
01:57当時のオボテ政権にも強い不満を抱く人々が
02:03いて、
02:03アミンが国を変えてくれるのではないかと期待する声が
02:07ありました。
02:08ところが、その期待は長く続きませんでした。
02:10アミンは政権を握ると、自分に反対する軍人や政治
02:15家、知識人などを次々と弾圧するようになります。
02:18特に恐ろしかったのは、軍や治安機関によって、
02:22人々が突然連行され、拷問されたり、殺害されたりした
02:26ことです。
02:27犠牲者の正確な数は分かっていませんが、
02:30国際人権団体、ヒューマンライツウォッチが紹介
02:33する推計では、
02:34アミン政権下で10万人から50万人が殺害されたと
02:38されています。
02:38では、実際にどのような拷問が行われていたのでしょうか。
02:42ウガンダの首都、カンパラには、
02:44当時の政治的弾圧の歴史を伝える施設が今も残さ
02:48れています。
02:49今回、友人のベナードがその場所を訪れ、
02:52施設の内部や、そこで何が行われていたのかを詳しく
02:55紹介してくれました。
02:56まずは、こちらの映像をご覧ください。
03:27みんなさん、こんにちは。
03:29mini yidia means I'm only that was later turned into a torture chamber in the early 1970
03:37s now this
03:39was the walkway I am ready to the hammer this omarille was constructed by Israel's
03:46it y'am in invited them to construct the structure for him has an armory where he
03:54彼女の弍は一様に構成されていましたが、 お好きな戦い
04:01は、
04:01オがて、オがて 前に前に仕上げ 、
04:06それを行き込み、彼らは常に参戦を行きました。
04:10なので、私たちに、この所を変えた店に変わりました。
04:17この場所は、そして、最主に参戦になりました。
04:22彼らは、この場所によって、
04:24エリティ、人間勉強者、
04:28商会、律士、
04:29人がたくさんの興奮しています。
04:33日本の法律がない人にも変わらない人にも使っています
04:38は、地域の区分を50%にプレシスには 地域の域の
04:42地域も使っています
04:45自分に町の区別の区別の区別を 向かって 縛らず
04:47に、私が我跟你を 遅いにしています
04:51都市にも 地域を 遅い wat長時間を置くことで 揺らさ
04:55れ、ここまでの駅長chasともがあり
04:55私はあなたは なのでしたくない人はどう思わない人にも知
04:58っています
04:58old-luge looking for a longer distance but it become a safe house for for
05:05these people and it was quite interesting so when when you look at
05:12the entrance of this bunker, it was it had played
05:18この場所は、非常に大きな窓の窓に移動することができた。
05:30この場所は、この窓の窓に移動することができた。
05:39この窓の窓の窓に移動することができた。
05:40この窓の窓の窓に移動することができる。
05:44ここを開いたときに、この方に取り組んでいるので、
05:54ここが蓄えている場所を取り組んでいます。
05:57例えば、ここに入れている場所の場所は、
06:04この場所の場所が入っている場所を使用している場所が
06:08あります。
06:11夜にかかわらず、鎌の女流によって、例えば、一つの鎌を
06:17つけたら、この鎌を使用することはなく、
06:27会場所は、兵士のために移動を回転するのなら、
06:34駅をすれば、駅を発動しなければ、
06:38一つの問い合わせ、
06:39一番の問い合わせ、
06:42そこで支援を聞いて、
06:42アーティア人 続けたら、
06:44どこに働いているんだろうか、
06:45オッゴテのような形で、
06:48何度も来るんだろうか、
06:50何度も通すのになるか、
06:50それぞれ、
06:51これらのような人間によって、
06:53私たちが大きな人たちの中に、
06:57そして、假裏は、おものでしたためにお持ちが敵に戻した 魔法
07:04のために、
07:04tapi、 Let me change to prison 死ぬに、
07:081、2、3、4 Vo、
07:11この勉強は、多く100人に戻している場合、
07:17みなさんのおものでしたり、
07:23本当に危険な場所です。
07:25私たちは温度していない場所 気をつけていました。
07:29私たちは洗濯物を使用すると、 手術を使った場所を使
07:35っていました。
07:37私たちは本当に危険な場所で、 多くの人が死んだから、
07:44その人が死んだから、 雑尾を使用することができるよ。
07:50この場所から、人間で書いた人たちの文字を真得意する
07:58ことを見ることがあった。
07:58多くの文字が書いたその文字が書いたのです。
08:01彼の文字が書いたんです。
08:04ある一つの文字も書いた文字が書いてあるのです。
08:08私は名に受けた文字の文字を書いたわたがわた
08:14がわたがわたがわた。
08:15この人たちがいました情報で作ったの、戦utanは、そこで App orden
08:23されていたのりをわかるので、
08:26そしてその後、何 hundredagemを殲ることに避けられてきたら、
08:30体に応嘆されて、にわたくさんが残っていることを知ったこと
08:35はできないといけないためのおかげさせるためにわたく
08:40さんが残りました
08:41なぜか参加したいからないのではなく、ヒートが最適の事が
08:45できるからない
08:49最後の小さか、5番組になります
08:53イディアムーンは、最も críticiな人たちに残っている人
08:57たちに、
08:58最後に死に、元の死に被害者は増えていました。
09:04あなたが会社に持っているのは、また、
09:08今度から仕事を取った場合、
09:11人々は来るための空間を作り、それらの空間に移動
09:15され、
09:17カゴを作り、
09:20最後のハートを作り、
09:24信じて、この場所は、
09:27無復旅のための日曜。
09:29最大の一番、
09:33みんなが全ての一人、
09:35その場所に、
09:36イディアミンはどこかに彼らの仕事がないで、彼
09:40らの仕事がないと、彼らの仕事がないと思う intensity
09:42こうこの場所は開発された時に、彼らはを負担しています
09:53彼らはローチャンを通じ抜きに使う彼らは押応
09:58するのがあるので、彼らは多様に仕事を握る
10:05government took over and this place was uh opened uh they cut off the electricity they cut off the
10:17the bars uh for example when you look at up this place had sliding doors that used to cover this
10:25place that used to cover like dust it used to come and cover and there was a big padlock
10:31that was
10:31その場合は、これで警察に転移されたとなったことができません。
10:352020年からこの黒役副前に、、
10:42この黒子は、その
10:43momentに、簡
10:43単に電気を取り組んで、と
10:45ても、この
10:46場所は、 Outside
10:49the kingは、オ
10:52ボテに入ってきたら、オ
10:54ボテに乗り、
11:00その場所は、私たちは、薬は今後の戦いに取り下さい。
11:04お祈りに来た、私たちと社会の戦いのにもにも、
11:09信仰のもなく、私たちの国の戦いは、
11:13この国の現在国の非常に大切など、
11:15ミュージェンスの王abel国の戦いは、
11:17この場所を改らして、
11:20彼らは全国のここで開催されたので、
11:21またどこで地元もある場所を保存させ、
11:24この地によって会話したのでしょうか。
11:28これによく駅だから。
11:30このように気づき、人たちが理解した人たちは、
11:36ここに会わない人たちが、
11:39この場所によっての人たちが、
11:40あなたの物によって大人たちが、
11:46それは生物のサーモンになったのは、
11:50それが一件物を共有するのがあるからです。
11:52全ての音が見えると、手に手に丸いのが見えることが
12:00あります。
12:00分かりませんが、マイクルなものを見えることができます。
12:05この場所は閉ざわらず、避けた場所です。
12:09所以、開門、電気の窓を閉じて、
12:13そして、一つ、この窓を見つけた人々に、
12:18死人たちも見た大きな鞭が見たこともあります
12:23大きな鞭が見たときは人生死にもいません
12:28そして、また、この場所見たこともあります
12:35それは、この場所見たこともあります
12:36この棚は、これがこの棚の柳がある
12:39ここは、この棚の柳がある
12:43ここにもも見えますね
12:48大規模の中には、これはこちらの場所を合わせました
12:54さて、誰かがこの場所を探して、そして、彼らはこの場所を捕
13:02まえます
13:02彼らは、彼らはこの場所を捕まえます
13:06彼らは、彼らは他の人に来た人が来ています
13:12very in this place it became a slaughterhouse
13:19idiom and of Oha tea message that says I will never forget my husband was killed by
13:29maybe people in this place there's a lot of people who were convicted from their
13:36ファミリーズが受け入れ、受け入れ、イディアミ
13:41ンを受け入れ、
13:43イディアミンを受け入れ、どこへ行き、ここに行き
13:45ました。
13:46当然、今のプレジデントは、今のプレジデントが受け入
13:50れ、
13:51この場所の情報は、この場所が公開されています。
13:55人々は、この場所の場所は、イディアミン・ストーチャ
14:00ー・チェンバーズを受け入れ、
14:03職agemを求めます。
14:05親としての場所へ出�った。
14:13彼らは、おりとしています。
14:16共通に年 scratchesを出現、先駆として、
14:35いかがだったでしょうか
14:36映像で紹介したのはウガンダの伝統的な王国の一つ
14:40ウガンダ王国の王宮敷地内に残る地下施設です
14:44この場所はアミン政権の時代だけでなく
14:47その後も政治的な弾圧のために使われたとされています
14:51ではこれほど恐ろしい政治を行っていたアミンは
14:55一体どのような考えを持って国を統治していたのでしょうか
14:59ベナードはアミンの政治姿勢についても解説してくれ
15:02ました
15:02はい、当然、アミンはイディアミンについても解説している
15:09世界は驚くことができます
15:10他ではないディプロマトと同じように思っていたのでしょうか
15:17そして、自分の行動の方法はとても異なることができます
15:22そんな世界西の中の人々が、彼らの人々の方々とも思
15:26われているのです
15:28というように、とても、彼らの人々は非常にあまわり、彼らの
15:34人々を思考し、
15:35彼らの人々が大きな何かもというか、彼らの人々を
15:39考えども、
15:39私にとっては、私たちの、彼らを見て、彼らのнегоだの末
15:43で私の時代に彼らです
15:45自分自身は彼らは、彼らは、彼らのことによって、彼ら
15:48の仲間を踏み物に行ってください
15:50今のことを関すると、どこかによって、
15:56それが彼のことを考えず、
15:59それも強化することができたこともできたのです。
16:01事でこうかも、彼は、彼には、彼の軍事を考えて
16:08それが彼のことを考えず、
16:09負担の国は、彼は、全国の軍事を考えず、
16:39アミンはイギリスをはじめとする西洋諸国に対
16:42して強い対抗意識を持ち
16:44ウガンダの利益を第一に考える姿勢を打ち出していました
16:49しかしこうした政治姿勢はある極端な政策にもつながって
16:54いきます
16:54それが1972年に行われたアジア系住民の大量追放
17:00です
17:00実はウガンダにはイギリスの植民地時代からインドな
17:04どにルーツを持つ人々が数多く暮らしていました
17:07植民地時代に労働者や商人として移り住んできた人
17:11々とその子孫で
17:13商店や工場を経営するなどウガンダ経済の重要な部分
17:17を担っていました
17:18ところがアミンはこうしたアジア系住民がウガンダの富
17:22を独占していると批判します
17:24そして1972年アミンはアジア系住民の大規模な追
17:29放を命じ
17:29対象となった人々に90日以内に国外へ退去するよう
17:34迫ったのです
17:35追放された人々の中にはウガンダで生まれ育ちウガ
17:39ンダ国籍を持っていた人もいました
17:40多くの人々がそれまで築いてきた生活を捨て国外へ逃れ
17:45なければならなくなりました
17:46さらに彼らが所有していた企業や財産も没収されました
17:51その結果ウガンダでは商業や生産活動に混乱が生じ経
17:57済にも深刻な影響が及んだんです
17:59アミンはウガンダ人のための政治を掲げていましたが
18:02その政策によって同じウガンダで暮らしていた多くの人
18:07々が生活の基盤を奪われたんです
18:09ここまでアミンによる拷問や虐殺そしてアジア系住民
18:14の追放について説明してきました
18:16ただアミンにはこうした出来事とは別にもう一つ有名な話
18:21があります
18:22それが人喰い大統領という異名です
18:25なぜアミンはそんな恐ろしい名前で呼ばれるようになったんで
18:29しょうか
18:30本当に人間の肉を食べていたんでしょうか
18:33その話に入る前に少しだけお知らせをさせてください
18:35私原カンタは世界を無視しない大人になるためにという本を自
18:39費出版しています
18:40私自身が国際協力の活動を始めた原点について
18:44書いた一冊です
18:45興味のある方はぜひ動画下のショップからお買い求めください
18:47今回ベナードにその疑惑について尋ねたところこんな説明をして
18:52くれました
19:17sel studied乗馬を始めるようになったのできました
19:23ただ私たちの理事を受けます
19:24私たちの朋映像です
19:27俺の人についても duか何も言ったことは無視したので
19:29同じで私と言うことを言いました
19:33ず anytime俺の人たちは小豚さんや
19:46Ida mine will kill their head and then they bring them to Idi Amin as evidence
19:51idi amin used to dump them in a freezer, one of the freezer in his house
19:57so when the journalist asked him
20:00Is it true that you murder these people
20:03idi amin said,Yes of course I murder,confidently said I murder these people
20:08and this is a proof that I kill them
20:10so there was a lot of people's heads in Idi Amin's fridge
20:15このビジネは困難するので、彼もはあなたの人に食べたと
20:20言われました。
20:21Ide Aminは説明に言われています。
20:24私は何を食べたと言われました。
20:29それは明らかと言われました。
20:31私はあなたを使用することにとても説明で、
20:33other corrupt officials and other bad intended people,
20:41that this is what is going to happen to you if you do something wrong.
20:45But might be the journalist ... évidemment the journalist was interested in news or headline.
20:53So he made a headline about Idi Amin slaughtering people and eating them.
20:59しかし、実際にイディアミンはカニバルではありません。
21:29確かな証拠も確認されていないのが事実です。
21:32もちろんだからといって、アミン政権による虐殺や人
21:36権侵害まで疑わしいというわけではありません。
21:39実際に確認されている出来事と、後から広まった噂や未確
21:43認の逸話は分けて考える必要があります。
21:46では、こうした政治を行っていたアミンの政権は最終的にどう
21:51なったんでしょうか。
21:521978年、アミン政権の軍隊はウガンダの南に位置
21:57する隣国タンザニアへ進行しました。
22:00しかし、タンザニア軍が反撃に転じ、アミン政権に
22:03反対するウガンダ人の勢力も加わって、ウガンダ国内へ
22:07進軍していきます。
22:09そして、1979年4月、首都カンパラが崩落し、アミン政権
22:14は崩壊しました。
22:16先ほどの現地映像にも登場したオボテ元大統領は、
22:20その翌年の1980年に再び大統領の座についています。
22:24アミン自身は国外へ逃亡し、最終的にはサウジア
22:28ラビアで亡命生活を送りました。
22:30そして2003年、アミンは亡命先のサウジアラビアで
22:34亡くなりました。
22:35結局、政権下で行われた大量殺害などについて、裁判
22:39で責任を問われることはありませんでした。
22:43ここまでイディ・アミンの歴史について紹介してきました
22:47が、では、現代のウガンダ人はイディ・アミンをどう評
22:51価しているのでしょうか?
22:52最後に、今回の取材に協力してくれたベナード自身がイデ
22:56ィ・アミンについてどのように考えているのか聞いていました。
23:05日本人が自身に負う人がいるかもしれませんでしたが、日本人が
23:09出かかれているかもしれませんでした。
23:11政治は自身を使っているかもしれませんでした。
23:15でも、いまんなに自贅に負けたウガンダ人のパテリオ
23:25が活動しているかもしれませんでしたが、
23:26イディ・アミンという意味が感じられたことによりもあります
23:31が、
23:53ベナードはアミンが多くの人々を殺害したことを批
23:57判する一方
23:58ウガンダを愛していた人物でもあったと評価しています
24:01ただこれはあくまでベナード個人の見解であって
24:05ウガンダ人全体が同じように考えているわけではありません
24:08今回紹介したアミンの歴史を振り返ると
24:11国のためという言葉を掲げながら
24:14多くの人々が命や暮らしを奪われたことがわかります
24:17政治指導者が何を主張しているのかだけでなく
24:21実際に何をしてその結果誰にどんな影響が及んでいるのか
24:26イディ・アミンの歴史が現代の政治や社会につ
24:29いて考える
24:30一つのきっかけになればと思います
24:33皆さんは
24:34イディ・アミンについてどれくらい知っていたでしょうか
24:36ぜひ感想をコメント欄で聞かせてください
24:39このチャンネルではこれからもアフリカや世界各地のニュースに
24:42ついて
24:42現地での取材映像も交えながら分かりやすく
24:45解説していきます
24:46まだチャンネル登録がお済みなければ
24:48次回以降の動画も見逃さないように
24:50ぜひチャンネル登録をよろしくお願いします
24:52また今回の内容とは少しずれてしまいますが
24:55今回の舞台であったウガンダを体験するスタディーツア
24:58ーを私は運営しています
24:59今回の取材で協力してくれたウガンダの友人ベナードも
25:03このスタディーツアーでは会うことができますので
25:05実際にウガンダに行ってみたいという方がいましたら
25:07ぜひ概要欄のリンクからスタディーツアーのホーム
25:09ページご覧ください
25:10私が運営しているオンラインサロンシナジーでは
25:12世界で起きているニュースや社会問題についてメンバー
25:15同士で意見を交換しています
25:16YouTubeを見た後もう一歩踏み込んで
25:19アフリカや国際問題について学びたいと思った方は
25:22ぜひ概要欄のリンクからシナジーのホームページを
25:24ご覧ください
25:24ということで今回も最後までご視聴くださりありがとうございました
25:28また次回の動画でお会いしましょう

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